1904年 マサチューセッツ州ボストン
これらの教えのおかげで、どんどん成績を伸ばし、飛び級を重ね、私が14歳でMIT(マサチューセッツ工科大学)に入学をするのに際して、一家でボストンに移った。1年後に弟が11歳でハーバード大学に入学した。
大学では数
学などの理系分野に関してはそれ相応の能力を持っていたが、歴史などの分野は高校生ぐらいのレベルしかなかったために、特別プログラムを受けていた。まわ
りが皆年上であったが、年上との付き合いのほうが慣れていたデーヴィットにとっては都合が良かった。このことは非常に重要で、他に飛び級して若くして大学
生になったものの年上の同輩との付き合いかたがわからなかったために道を踏みはずするものは少なくなかった。
入学した当
初は奇異の目で見られることも珍しくなかったが、次第に友人ができていった。最も親しい、制御学を専攻するステファン・エマニエルはデーヴィットが一人で
ランチをしている時に、いきなりマシンガントークをしてきてからの友人である。ステファンを皮切りにステファンの友人で、巨躯で寡黙な考古学専攻のフレ
ディー・スミス。彼は友人であると同時に、歴史の楽しさを教えてくれた師でもあった。フレディーの恋人であるシェリル・オーウェンはハーバードスクウェア
近くのシーフードレストランで働いており、彼女が働いている時は格安でランチを食べさせてくれた。いつもの彼女の口癖は「こんなサービス、メッタにしない
んだからね」だった。担当教授のジェローニモ教授は数学のみならず、人としての大切なコトを教えてくれた。
17歳の時に弟ウィルと揃って卒業した。卒業後はウィルともども大学院に進学した。その理由は、単純に研究を続けたいと言う想いもあったのと、ジェローニモ教授に進学を薦められたからであった。
デーヴィットの専攻は、整数論であった。特に熱中して取り組んだのはフェルマーの最終定理であった。3以上の自然数nについて、X(n乗)+Y(n乗)=Z(n乗)となる0でない自然数X,Y,Zの組み合わせがないことを証明するといった単純なものであったが、16世紀から200年間誰一人として証明できなかった数学界の難問中の難問であった。
この間、デービットはただ勉強をずっとしていたわけではない。遊びもしっかりとしていた。そもそも、ずっとガリガリ勉強するタイプでなかったし、他の飛び級生が悩むような歳の離れた同級生とも率先して遊んでいた。
大学院に進学したばかりの10月に最初のガールフレンドと出会う。彼女の名前はエリシア・ボイル、デービットのように飛び級したわけではなく、普通に大学院に進学したため、デービットよりも7歳年上の23歳であった。
彼女との出会いは大学院の数少ない授業であった。大学院の初授業で授業が行われるはずの教室にデービットは早めについた。30人ほどが入れるほどの小さい教室には女性が一人いるのみで、他には誰もいなかった。
早くついたデーヴィットは最前列に座り、授業が始まるのを待っていた。しかし、始業時間がすぎても教授も来なければ、他の学生も来なかった。それを疑問に思ったデービットは教務課に確認に行くと教室変更がされており、あわてて教室に向かった。
慌てて教室に着くと学部の頃からお世話になっているジェローニモ教授が待っていた。
「珍しいな。君が遅刻なんて、さては教室変更を知らなかったかな?毎期そういう子が何人かいるからね。そうそう、今、自己紹介をしていたところだったのだが、そのまま君の自己紹介をしてくれないかね?」
教授は特に気にせず、デーヴィットに自己紹介するように促した。
「うむ、一人足りないな。デーヴィット君、もう一人君と同じ子が教室にいなかったかね?」
そう問われ、記憶を巻き戻すと確かにもう一人、待ちぼうけしている人が教室にいたことを思い出した。
「教授、いました!」
「そうか。いたか。それでは罰としてもうひとっ走り行って呼んできてくれないかね?」
デーヴィットは走って元いた教室に向かうと、教室にはまだ待ちぼうけしている人がいた。
急いで話しかけた
「あの、教室変更があって、ここじゃないですよ。一緒に行きましょう」
「あらあら、誰もこないと思ったら、ここじゃなかったの。じゃぁ、行きましょうか?それで、どこかな?」
その女性こ
そがエリシアであり、これが最初の出会いだった。彼女は大学院の学生であるため、頭が良いと言えば頭が良いし、年上ではあるのだが、幼い子供のようなトロ
さと抜けている感じがあり、どちらかというと頼りない妹のようであった。その一方で、嘘は通用しないような、芯の通った、凛とした目や、こちらが幸せにな
るような幸せそうな食べっぷりなど。そんな、エリシアにデービットは大きく惹かれた。
同じ授業が他にもいくつかあり、親しくなっていった。授業以外でもステファンやフレディー、シェリル、エリシアの友人のナタリー達と一緒に遊ぶことが多くなった。
出会いから3ヶ
月、二人は付き合うようになった。この頃、デービットにとって人生でもっとも幸せの時の一つであった。デービットは非常に社交的で友人も非常に多かった
が、本当の彼は非常に内向的であった。その自分で作った他者からの彼のイメージと実際の他者を拒絶する自分との間に長年葛藤していた。そんな、本当の彼を
エリシアは見つけてくれた。それがデービットにとってエリシアを何よりも代えがたい存在とさせていた。
二人は週末
はお互いの家か図書館で本を黙々と読み、帰りにエリシア行きつけのレストランでエリシアスペシャルとエリシアが名づけたフライドチキンとチャウダーとその
時々のコースを食べることを繰り返していた。それ以外に長期の休みの時にはエリシアの車や飛行機を使って遠出をしていた。4月頃にはワシントンDCにある2000本の桜を見に行き、夏にはマイアミまで海に出かけ、冬にはカナダまで雪を見に行った。
しかし、出
かけた先では海水浴をするわけでなく、スキーをするわけでもなく、話をするでもなく、ただただ、本を読み、時々目の前に広がる風景を見てコーヒーを飲むだ
けであった。会話をするでもなく、ただ同じ時、同じ空間を共にすることが彼らにとって最高のデートであった。二人にとってもっとも楽しいのはこれらの計画
を練っていたときだったと後になって気付いた。
付き合い始めてから1年半、デービット18歳の時、すでに修士論文も完成し、後は提出して卒業するだけであった。士官学校卒業後は結婚することを密かに決めていた。しかし、そんな希望に満ちた将来設計図は崩れることになった。
ある日、いつものように休日にデートをしていた。いつものようにいつものレストランに向かい、いつもの席に座り、いつものウェイターにエリシアスペシャルを頼もうとしたその時、エリシアは倒れた。
救急車では
間に合わないため、デービットは車にエリシアを運び、病院まで連れて行った。正しくは、そのように行動したいたことに気付いたのは、彼女の手術が行われて
いる術室の前の待合室であり、その時になってようやく我に返った。気付くとすでに日付は越え、朝になろうとしていた。
手術が終わ
り、彼女が出てきた。もちろん、全身麻酔で意識はなかった。執刀医がでてきて、家族と話しをすることになったが、このときになって、デービットは結婚まで
考えていたはずの彼女のことをまったく知らなかったことに気づいた。デービットは婚約者であることを告げ、話を聞くことになった。
医者の話は非常に専門的で難しい話であったが、要約すると、彼女の病気は原発不明の乳がんであり、すでに全身に転移しており、ステージⅣであった。結論としては彼女の余命は3ヶ月ということだった。
彼女が起き
るまで病室でずっと待っていた。デービットは非現実的な非情な現実に対してどのように対処すればよいかわからなかった。まずは、彼女がこの世から居なくな
るという事実から目を背けようと思考するが、そこに待ち受けていたのは、彼女の家族のことなど、彼女の過去をまったく知らない事実であった。
いつもエリシアとの話は本や、数学の話(これは一方的だったが)、未来についてばかりで、彼女の過去についてはまったく知らなかった。興味がなかったわけではないが、7歳
も年下の自分としては、自分の知ることのない過去については、知ってはいけない気がしたので、彼女のために聞かないことが最良の選択であると考えていた。
この時になって、その「最良の選択」がただただ自分がそう思いたいと思っているだけであっただけで、「自分の知らないエリシア」という存在を認めたくない
だけであった。そんな大人ぶって幼い自分をロジックで自分自身に納得させ、正当化した愚かさに腹立たしくなった。
どのくらいの時間がたったのかは分からなかったが、深き眠りからエリシアは目醒めた。
「あら、エリシアスペシャルは冷めちゃった?」
目覚めたエリシアの第一声は非常に彼女らしいものであった。彼女らしいが、彼女らしくない弱弱しさにデービットは不安を覚えたが、目覚めたと言うことにただただうれしかった。
「ひどい顔しているわ。私はぐっすり寝たから、今度はあなたが寝なさい。私は大丈夫だから」
デービットは顔から出るすべての液体を出し、ひどい顔だった。そのわりには言いたいことがたくさんありすぎて、それらのすべてが口の中で詰まってしまい、何も言えず、ただただ、彼女に促されるままに帰宅し、気絶するように思考することをやめた。
目覚めると外は明るかった。何時間寝たのか分からなかったが、日付がわかる時計を見たら2日寝ていたことに気付いた。デービットはあわてて、病院に向かった。病室にはいつもと変わらないエリシアが明るく出迎えてくれた。
「寝なさいとは言ったけど、寝すぎよ!本もないし、暇でしょうがなかったんだから」
デービットはエリシアの別途の横の椅子に座った。話しかけようとしたその時、エリシアから話し始めた。
「ごめんなさいね。こんなことになって。あなたの好きなフライドチキン冷めちゃったでしょ」
「・・・・・」
「ごめんなさい。そうじゃないわね。病気についてはお医者様から聞いたわ。意外よね。余命3ヶ
月なんて。生きていると自分の命にタイムリミットがあるなんてまったく意識しないじゃない。すごく新鮮な気分よ。よくわからないけど、自分が生きているっ
てすごく感じるの。何、泣いてるの?死ぬのはあなたじゃなくて、私よ。泣く権利があるのは私であって、あなたじゃないわ。だから、もうそんな顔しないで」
いつものように明るく、楽しく、そして、非常に客観的で冷静に前向きに自分の命についておしゃべりを続ける余命ない人間と、健康極まりないのに不幸のどん底にいるような情けなく、しみったれてて、くしゃくしゃの顔をしている人間が相対しているこの空間が異様に感じた。
美味しいスイーツの話しをするように一通り自分の余命について、しゃべりつくした彼女はもう一つ謝罪した。
「もう一
つ、謝りたいのは、私はあなたに私の過去のことをまったく話しをしなかったわ。それは良く見せたかったわけじゃなくて、ただ、私は両親の居ない孤児で色々
な家に引き取られたことを話したところで何も先には進まないと思って話をしなかったの。「これから」を一緒にいる人には必要ないって思っていたの。まさ
か、「これから」がなくなるなんてね。皮肉よね。」
デービットはどのタイミングでエリシアの病室から出たのかは覚えていないが、ふと帰宅途中で我に還った。そして、デービットは3つのことを決意する。一つは最期まで一緒にいること、二つ目はそのために留年すること、そして三つ目はより長い時間一緒にいるために、入院している病院に寝泊りすること。
まずはデー
ビットは留年するために、色々考えたが、まずは彼の師であるジェローニモ教授に相談を持ちかけた。ジェローニモは数学者でありながら、政府の仕事を抱える
など非常に忙しい男であったが、今までの弟子の中でももっとも優秀で、誠実で、可愛がっていたデービットが急に頼み込んだため、座長をしている大統領が出
席する委員会を急遽、延期させた。
いつものように、約束の時間に定刻でデービットはジェローニモのオフィスに現れた。そして、彼の口から留年すること、その理由について淡々と語られた。それらのすべてを静かにジェローニモは聞いた。
一通り話し尽くしたデービットにジェローニモは意外な提案をしてきた。
「デービッ
ト、良くわかった。留年については良くわかった。君が考え、下した結論だから、この件については何も口を挟むことはしないし、その瞳を見れば無駄であるこ
ともわかるしね。今、辞められたら我々のほうのデメリットのほうが大きい。今の話を聞いていて、一個人としての純粋な感想を言えば、男として尊敬するよ。
他の人よりも早いステップで生きてきた君にはここで足を止め、誰かのために尽くしても誰も文句は言うまい。
一つだけ提
案がある。エリシアを我が大学の病院に転院させないか?君はそこで自分の信念を貫けばいい。他のどこの病院よりも環境がいいので、少しでも長く一緒にいら
れるだろう。大学には私と私の友人の何人かに話を通すから問題ない。一つ君に対価を払ってもらうとしたら、この話しを彼らにさせてもらうというのはどうだ
ろうか。私の力技で説得してもいいが、彼らはこういう話に弱いんだ。みんな一丸となって協力してくれるはずさ」
教授の粋な計らいにデービットは感動して、ただただ感謝した。同時に、彼女を受け入れる外部環境は万全の体制となった。
後年、ジェローニモはこの時のことをこう語っている。
「彼も私に
この話しをするのでドキドキしていたと思うが、私は彼以上にそわそわしていたよ。彼の話をすべて飲んだのも、彼に対して言ったように男として尊敬したとい
うこともあるが、彼は若くしてこのハーバード大の修士号を取得するほど優秀である。同じような若さで同じように優秀な人間も何人かいたが、どれもその若さ
から「人の強さ」というのがなかった。しかし、彼は人としても強い人間だ。少なくともその素養を持っている人間だと思った。だからこそ、そんな彼がさらに
『強い人』になるためには、この経験が必要だと思ったんだ。これは彼自身のためである以上に、この国にとっても重要なことだと今でも確信している。この話
しで協力してくれた友人で彼の事を知る者は全員、同じ想いだったと思うよ。」
教授の計ら
いにより、大学病院に転院した。それから数ヶ月は病室がデートスポットとなった。考えてみたら、今までも本屋や図書館などずっと本ばかりを読んでいたわけ
だから、それが病室になっただけだった。食事も週末にはハーバードスクウェアにある行きつけのレストランからエリシアスペシャルをテイクアウトして持って
きて、二人で食べた。
しかし、彼女らしさは保ちつつも、着々とこの世ではないところへと歩んでいた。それは目に見え、彼女の大好きなフライドチキンの残飯の量は増え、読む本の量は少なくなり、眠る彼女の横でデービット一人が病室で読む時間が長くなっていった。
そして、その時はやってきた。
いつもは8時に目覚まし時計に起こされて起床するのだが、この日だけは自然と5時ごろに起きた。すでに日は昇っていて、太陽の光がカーテン越しにうっすらとさしていた。デービットが自分のベッドから起き上がると彼女は既に起きて、ベットから立ち上がり、窓から外を見ていた。彼女もデービットが起きたことに気付いた。
「おはよう、デービット、こっちに座って、抱きしめて。」
「おはよう、今日は調子が良いみたいだね。」
デービットはエリシアのベッドに座り、エリシアはデービットの膝に座って彼女を抱きしめた。
「さっきから思い出していたことがあるの。前に貴方は私に数学の証明方法で、帰納法について教えてくれたじゃない。ある関数の変数Xが1の時も成立して、2の時も成立して、3の時も成立して、ずっと続いて、どこかのNの時も成立することが示せれば、それは証明されるって。
最初に聞いた時は良くわからなかったけど、あの後、実は色々考えたのね。もし、人を永遠に愛するということを証明するとき、どうするんだろうってね。
今日、貴方を愛して、明日も貴方を愛して、明後日も貴方を愛して、ずっと貴方を愛して・・でも、数学と違って、人には永遠はないわ。人は有限、それでも永遠の愛を証明する時にNをどう設定したらいいのかって考えたの。ずっと考えていて、今結論が出たわ。
人にとってそのNは最期の最期なんだってね。だからね、デービット、愛してる。自分のために生きて・・・ありがとう・・」
エリシアはにっこりと笑いそういうと、ゆっくり瞳を閉じた。
不思議だったのは余命宣告された時に比べると驚くほど、心が静かで、現在起こっているすべてのことを受け入れることができた。だから、優しく彼女を抱きしめることができた。
その後、親
族の居ない彼女のために葬儀を行った。葬儀にはステファンはじめ友達やジェローニモ教授が参列してくれた。粛々と誰が泣くこともなく、葬儀は終わった。そ
れは一番悲しむべき人間であるデーヴィットが笑顔で彼女をおくろうとしているのに、自分が泣くわけにはいけないと皆が考えたからだと思われる。
葬儀後、
ジェローニモ教授以外の全員で彼女との思い出がつまったレストランに向かった。席につき、「いつもの」とだけ告げた。店員は何も言わず、エリシアスペシャ
ルを持ってきてた。フライドチキン、チャウダー、そしてロブスター、これはたぶん店員がサービスしてくれたのだろう。
デーヴィットは静まり返った円卓に一声かけた。
「さぁ、みんな、おなかすいているだろ?食べようよ。」
「あぁ、そうだな。食べよう。エリシアスペシャルか。よく食べたな。」
デーヴィットがフライドチキンを一口した時、デーヴィットは止まった。彼の中でせき止めていた色々な感情が一気に流れ出したのは、くしゃくしゃの顔を見れば誰もがわかることだった。
「エリシアはフライドチキンの一口目が大好きだったんだ。すごく、すごく、すごく幸せそうに食べるのを見るのがすごく好きで・・・」
隣に座っていたステファンがデーヴィットをハグし、皆それぞれ涙を流しながら、フライドチキンを食べていた。
数日後
アナポリスの海軍兵学校に向かうための準備が終わり、家を出ようとしたデーヴィットの元に一通の手紙が届いた。差出人はエリシアだった。内容は以下のようなことだった。
親愛なるデーヴィットへ
月並みの表現だけど、この手紙を貴方が読む頃、私はこの世にはいないわね。この手紙はお別れを言うための手紙ではないわ。これから海軍兵学校に行く、あなたへの餞。
あなたの家が代々、職業軍人なのはわかるけど、やはり、貴方が軍人になるなんてすごく違和感があるわ。貴方は優しすぎるもの。そんな優しい貴方が戦場で心を痛めるのではないかと心配しているし、それが原因で死ぬんじゃないかと本当に心配してるだから!
多くの仲間を失ったり、苦境に立つこともあるとは思うけど、絶対に最後まで生きることをあきらめないでね。すぐに私のところに来たって相手してあげないんだからね。
いろいろ書きたいことがあるけど、後は貴方が想像している通りよ。愛する貴方が一日でも私のところに来ないように祈っています。
エリシアより
デーヴィットは手紙を読み、そして、少し微笑んだ。本当に優しい微笑だった。読んだ手紙を封筒に入れ、胸ポケットに入れ荷物を持った。
「さて、いってきます」
デーヴィットは想い出の地を後にした。
1909年 メリーランド州アナポリス 海軍兵学校
古びた海軍
学校の寮の一室。外の陽気な日差しが部屋に差し込む、そこには特に話すでもなく、お茶を飲む二人の青年がいた。片方の青年は漆黒と表現するに相応しい黒
髪、藍の瞳をした青年と表現するよりも、少年と言ったほうが良い様な、危うい美しさをもった青年。もう片方の青年は、厚い胸板、長く逞しい腕と足を持った
大きな体、それらをさらに恐ろしく見せる野生の狼のような鋭い眼を持ちながら、知性を感じさせる青年だった。
外の鳥の声が聞こえるほどの静けさの中で碧眼の青年がつぶやいた。
「今朝、志願者リストを見たよ。ようやく、彼、来るみたいだね」
「あぁ、そうだな。去年来なかったのは誤算だったが、ようやく主役が来たな。」
「ハーランド・デーヴィット・サンダース君、ようやく会えるね。」
奇しくもデーヴィットが海軍士官学校に入る頃、静かに、確実に、世の中は大きな争いに向かいつつあった。
序
完